『脇役であるとも知らずに』

▼「双眼鏡と私」 ともよちゃん11歳 (4月10日)
     「ともよちゃん、6年生も同じクラスで良かったね!4年連続だよ!」
     「本当に嬉しいですわ。さくらちゃん、これからもよろしくお願いします(ぺこり)」
     「こ、こちこそ!(ぺこり)でもクラスが違っても、ずっと一緒だよ。えへへ」
     「さくらちゃん・・・うふふ」
     新学期の始業式も終わり、下校時間。昨日入学式のあった新入生達のまぶしい姿が校庭に見えます。私達はいよいよ最上級生。さくらちゃんにとって、5年生はいろいろな事がありました。ケロちゃんや月城さんとのお別れという辛い出来事を乗り越え、さくらちゃんは一段と成長しました。私は見守ることしかできないけれども、今この瞬間にさくらちゃんが輝いていることが何より嬉しいのです。
     (・・・もうすぐお話しますわね、さくらちゃん・・・)
     「ともよちゃん、一緒に帰ろう!」
     「さくらちゃん、今日もビデオをもってきているのですが、ちょっと外で撮らせてもらえないでしょうか?」
     「え、あははは・・・・」
     「桜が綺麗ですし、行きましょう」
     私達は手を繋いで満開の桜のひしめき合う公園にやってきました。花びらが地面を覆い、ピンク色に染まった絨毯の上を私はビデオを回しながら走ります。さくらちゃんの輝きを逃さぬように追いかけながら・・・。
     びゅううう・・・
     「風が強くなってきたね」
     ファインダー越しの花吹雪の中、さくらちゃんは顔にかかる髪の毛を押さえながら笑顔で言いました。
     「もう、帰りましょうか?」
     「あ、そうじゃないの。桜の花吹雪って綺麗だなって思って・・・。でもフラワーのカードみたい」
     「花吹雪の中のさくらちゃん、素敵ですわ」
     ごぉぉぉ・・・
     急に、息苦しくなるかと思われる位たくさんの桜の花びらがさくらちゃんの周りで渦巻きはじめました。そして、あっという間にさくらちゃんはその渦巻きで見えなくなってしまったのです。
     「・・・っ!?」
     「さくらちゃん!」
     一瞬にして風が止み、私はさくらちゃんがいた場所にできた桜の花びらの山へ駆け寄りました。
     「さくらちゃん!!」
     バサッ、バサッ。跪き、その山を両手でかき分けました。・・・(痛っ!)・・・やがて地面を引っ掻いてしまっていたのです。
     「うそ・・・きっと何かの冗談ですわ・・・そんな・・・だって、ずっと一緒だって・・・そう・・・。それに・・・それに言わなければならないことが・・・」
     しばらく地面と残った桜の花びらを焦点が定まらないまま茫然と眺めていた私は、その時こう呟いたものの、何故かわかってしまったのでした。
     いつの間にかぽたぽたと落ちてきた雫が、土の色を滲んだ黒に変え、晴れた春の空気に少しずつとけていきました。

▼「闇のシダール」 ともよちゃん13歳 (初夏)
     「芹香お姉様、こんにちは。今日もお願いいたします」
     「(こくり)・・・・・・」
     「え? 今日は手掛かりが掴めそうなのですか?」
     私はこの2年間ずっと、この来栖川家の芹香お姉様のところに通い続けています。2年前、小学6年生に上がった直後に突然消えてしまったさくらちゃんを見つけだすために・・・
     私の大道寺家とこの来栖川家は昔から深い関係にあるそうです。お互いに女系の血筋で苦労している点など似たもの同士だということです。私のお父様の弟(つまり叔父様)は大道寺家から来栖川家に婿養子に行った人で、芹香お姉様のお父様なので、芹香お姉様は私のいとこにあたります。不思議な雰囲気を醸し出していて、とても綺麗で優しい芹香お姉様。私もさくらちゃんみたいに、この方のお側に行くと「はにゃ〜ん」となってしまうほど素敵なお姉様です。
     ・・・ぱたぱたぱた。
     「知世ちゃーん、いらっしゃーい!」
     長い廊下を歩いていると左手の別館に続いている渡り廊下から綾香お姉様が手を振り走ってこちらにやってきました。綾香お姉様は芹香お姉様の妹です。綾香お姉様は芹香お姉様と性格的には逆で、とても活発な人で、いつも元気に私に声を掛けてきてくれます。もちろん綾香お姉様も大好きです。
     「こんにちは、綾香お姉様。お邪魔しております」
     「いいのよ。でも、あまり根をつめ過ぎないでね。 終わったらみんなでお茶しましょ。待ってるわ」
     「はい、ありがとうございます」
     「ふふふ、相変わらずかわいいわね、知世ちゃんは。 それじゃ、姉さん、よろしくね」
     「・・・・・・(こくり)」
     お二人にはとても感謝しています。いろいろと協力してくれたり、励まされたり、一人っ子の私にとって今や本当のお姉様のようです。芹香お姉様は私のためにさくらちゃん捜しをずっとやってくださっています。さくらちゃんみたいな派手な魔法を使えるわけではないのですが、芹香お姉様の魔術の知識と腕前は確かで、さくらちゃんは魔力が強いためにどうやらどこかの魔界に引っぱり込まれてしまっているというところまで解っています。そして、まだ生きているということも・・・
     「・・・・・・」
     「あ、ビデオですか? お気になさらないで下さい。今までに何度も壊していますから」
     この前、芹香お姉様が魔術を使っているところをビデオに撮ろうとしたら壊れてしまいました。これまでも何度か撮ろうとしてみたのですが、まるで、撮ることを拒むかのように、動かなくなってしまうのです。
     「・・・・・・」
     「外からの力だけではなく、ビデオの方にも何かあるんでしょうか?」
     「(・・・ええ、調べてみる必要がありますね)・・・」

▼「F人」 ともよちゃん13歳 (盛夏)
     その日は最高気温が35度だったそうです。中学が夏休みに入り、連日、猛暑が続いています。
     「いらっしゃいませ、知世さま」
     「こんにちは、セバスチャンさん。毎日暑いですがお体の具合はいかがですか?」
     「うう・・・知世さまも本当にお優しい・・・こんな私めにまで気づかってくださるとは・・・大丈夫でございます。ストリートファイトで鍛えたこの私、こんな暑さごときには負けませぬぞ。ささ、それでは、こちらへどうぞ。すぐに芹香お嬢様をお呼び致しますので、お待ちになって下さい」
     応接間に通され、しばらくして、芹香お姉様が紗孔羅ちゃんを連れて入ってきました。紗孔羅ちゃんは、芹香お姉様が高校卒業の1年後にご結婚されてすぐ生まれた、今年3歳になるとてもかわいい女の子です。藤田浩之さんという方が紗孔羅ちゃんの父親なのですが、1年半くらい前に事故で亡くなっています・・・。その時からしばらくは芹香お姉様のお気持ちを考えて、さくらちゃん捜しを中断していたのですが、お二人の間に残された紗孔羅ちゃんのために芹香お姉様は強くなられました。
     紗孔羅・・・ちょっとどきっとする名前です。私が小学4年の時、さくらちゃんとこの家に何度か遊びにきたことがあったのですが、芹香お姉様がさくらちゃんのことをたいへん気に入っていたらしく、それでこの子に紗孔羅と名付けたそうです。
     「こんにちは、芹香お姉様。こんにちは、紗孔羅ちゃん。今日は紗孔羅ちゃんに服を作ってきましたの・・・」
     バッグから夏らしい白と水色のワンピースを取り出し、紗孔羅ちゃんに渡しました。
     「胸のところのひまわりがポイントですのよ。造りが簡単ですからボタンなどにちょっと凝ってみましたわ」
     「・・・ありがと・・・」
     「・・・・・・(知世ちゃん、いつもほんとにありがとう)」
     「いいえ。いつもお世話になっていますもの。ほんのささやかなお礼ですわ。それに、かわいい紗孔羅ちゃんに着てもらえるなんて、とっても幸せですわ」
     言葉を話すようになって気付いたそうですが、紗孔羅ちゃんは、私が来ることを知らされていなくても来るのがわかるようなのです。そういった日は必ず「来るよ」と芹香お姉様に言うそうです。また、それだけではなく、霊力や魔力などといったものを感じる力があり、さらにますます強まっているということなのです。最近、そんな紗孔羅ちゃんが特別な反応を示すのが、ビデオです。
     「テープはちゃんと届いていますか? さくらちゃんを撮ったテープは全部お送りしました」
     「(届いていますよ。物凄い量ですね)・・・」
     「ほほほほ・・・編集したものは、今でも毎日のように観ていますわ。以前は観るのが非常に辛い時期もありましたが・・・」
     ずっと、さくらちゃんの持ち物をお借りしたり、私がさくらちゃんからいただいたものや、さくらちゃんに着てもらったいろいろな服を使って調べていたのですが、かなり行き詰まっていました。そして、ビデオカメラを調べ始め、やはりテープも調べておいた方がよいということになったのです。
     「たしか、あの日のビデオって、観ただけでしたよね。でも、桜吹雪がさくらちゃんを覆って消えてしまうところは、私がカメラを放り投げていたので写っていませんでしたから・・・」
     「・・・・・・」
     「ええ。それではまいりましょう」
     「・・・・・・」
     ぎゅ・・・芹香お姉様は紗孔羅ちゃんに待っているように言いましたが、紗孔羅ちゃんは芹香お姉様のスカートを固く掴んで離そうとしません。いつもは芹香お姉様と私だけで、地下にある魔術を使用するための部屋へ行くのですが、その日の紗孔羅ちゃんは誰かに呼ばれているような感じで、とても行きたがっている様子でした。
     「いるよ。さくらちゃんはいるよ・・・」
     「えっ?」
     「・・・・・・」
     私達は紗孔羅ちゃんと一緒に、古いものから順に一本一本テープを調べ始めました。

▼「修学旅行夜行列車南国音楽」 ともよちゃん14歳 (9月3日)
     紗孔羅ちゃんは、生まれた時、さくらちゃんと一度会っています。その時のさくらちゃんの「気」とでもいうようなものを覚えているのでしょうか。今、それを強く感じるらしく、しきりにさくらちゃんの存在を訴えています。私は、薄暗い地下室に積まれている、この2年間開けることのなかった沢山の箱から、編集されていない撮ったままのビデオテープを次々と取り出しては、魔女のような格好をした芹香お姉様が呪文を唱えている前に差し出していきました。やり方は、いろいろ考えられるそうです。詳しいことはよく分からないのですが、とりあえずは一気に見て感触を確かめるのだそうです。しかし、芹香お姉様と紗孔羅ちゃんの負担が大きいことは間違いないので、1週間に1〜2日の数時間、途中に休みを入れながら少しずつ見ていくことをお願いしました。
     地下室の空気は積まれた箱のせいでしょうか、それまでより重く感じられます。
     (これで、小学5年生の3学期までの分は終わりましたわ・・・あとは、春休みとあの6年生になった日の・・・)
     残りの一箱を開けようとしたその時です。
     びゅううう・・・
     窓もない密室に突然、風が起こりました。そして、唯一の明かりであるろうそくの火が消え、部屋の中は真っ暗になりました。
     「ああっ!!」
     ごぉぉぉ・・・
     紗孔羅ちゃんが叫ぶと同時に、風が部屋の中を激しく渦巻き、私は時間も重力も失いました。
     (・・・これは、あの時の・・・)
     「芹香お姉様っ!紗孔羅ちゃんっ!大丈夫ですか!」
     「・・・・・・(こくり)」
     「・・・さくら・・・ちゃん・・・」
     一瞬で元に戻りました。ろうそくの火も点っています。紗孔羅ちゃんの呟きに反応して、私はすぐに最後の箱を開けました。
     「・・・っ!!」
     テープが箱一杯に入っていました。
     「そんな、あと数本しかないはず・・・」
     カチャ、カチャ・・・中から2本のテープを手に取り、ラベルを見ました。
     『小学6年生−1学期始業式(4月10日)』
     そして・・・『小学6年生−九州修学旅行(5月25〜28日)2日目その4』
     (この箱には、さくらちゃんを撮ったものしかないのにどうして・・・)
     カチャ、カチャ・・・。他にも6年生のものが続々と出てきます。
     「・・・・・・(観ましょう。知世ちゃん)」
     芹香お姉様がそっと背中を押しました。
     
     『小学6年生−九州修学旅行(5月25〜28日)3日目その1』というラベルの付いたビデオを再生中。
     「知世ちゃーん!こっち、こっちー!」
     さくらちゃんの声。
     「(今日こそは勇気を出してお話ししますわ)」
     私の囁く声が、さくらちゃんの姿を追う画面に被って聞こえました。美しい朝焼けの中、ホテルからすぐ前の海岸に向かって、椰子の木の下をこちらに手を振りながら走っていくさくらちゃん・・・いつもの笑顔がそこにあります。
     ここからは、涙が止まりませんでした・・・。


あとがき
    SS処女作です。
    タイトルはすべてGONTITIです。
    ありがとうございました。
    ごめんなさい。

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